2/16 カタクラ・ニッキ ~早慶レガッタまでの日記~

2/16(水) 「実は村上春樹は読んだことない。」

 「エッジを利かせてくれよ。例えば、そう、村上春樹みたいに。」

やれやれ、先代のチーフCOXは、そういえばこんなスパイスみたいなパワハラが得意な人だった。気だるげに、でも、決して悟られないように。

 「わかりました。でも、僕だってネタが切れたら考えはあったんです。日記の中だけでいいから、ちいかわになってみたかったんです、僕は。」

結局、僕はいつまで経っても彼の部下で、それはもうどうしようもないのだ。僕の中のちかわは、あっという間に村上春樹になってしまった。

 長い前置きが済んだところで、今日もカタクラ・ニッキを始めよう。僕らは荒川まで行って、付きフォアでぐるりと15kmの道のりを終えてから、艇庫に帰ろうと土手に向かった。細心の注意を払い、4人分のオールをかつぐ。階段を上る途中、誰かが「やばい」と呟いた。鈍い音がした方を僕はどうしても振り返りたくなかったのだけれど、立場はそれを許してくれない。黄色いレース艇は、奇妙な角度で段の上に寝そべっている。まるで午睡をする猫みたいに。猫より硬くて繊細な彼女に空いた穴を、僕の手で塞いでやることはできない。何度だって言ってやる。『このボート、レース艇なんだよ』。

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